まわりみちしながら進む

30歳・男・教育関係勤務がダラダラ書くやつ

【集団づくり】続フタコブラクダ化するクラス

クラス経営を見通した時に、具体的な目的目標を持って取り組むか、そうでないかはとても大きな違いを生む。

同時に、クラス経営とは誰のために、誰が行うのか、という問題も考えなくてはならない。

 

 

ふと学級目標を思い出してみると、「生徒が一致団結し、全員が最高の結果を出せるクラス」的な目的目標が多いのに気づく。

 

そしてそのクラス目標を体現しようとしゃかりきになって頑張っているのは、これまた教員だったりする。

 

かくいう僕もそうだ。

 

生徒のために教員が行う、もしくは、教員のために教員が行う状態だ。

これは生徒の主体的で対話的な深い学びを実現しようとする時代に、本末転倒である。

 

そこでこの記事。

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スローガンを掲げるのはあくまでも生徒なのだ。

与えられたスローガンではなく、どうしたいかを生徒が考え抜いて初めてクラス経営のスタート台なのだ。

 

1点だけ疑問。

「先生は過剰に他者に迷惑をかける生徒の行為を取り締まりつつ…」とあるが、取り締まるのは教員なのだろうか。

そもそもその必要性はあるのか。

 

クラス経営は、生徒が生徒自身のために良好な集団を形成するものだと思う。

しかし、生徒が自分たちで自治的に集団形成をすべきであって、教員が取り締まる必要はないのだ。

 

教員の役割とは、

第三者の視点に立ち、今〇〇な状態であるよ、と可視化すること。

 

そして、生徒自身が自分たちはどうありたいかを考える機会を与え、それを深化させていくこと、具体化していくこと、これこそ教員のミッションなのかな、と考えている。

 

 

 

と考えてみると、明日からフタコブラクダ化しているクラスでやることが見えてくる。

そう、課題は生徒のものなのだ。そしてまた、それを混同していけないという私自身の課題も見えてくる。